いつかの人/孔明

孔明ルート再プレイしてきた(遺言)

※孔明が花ちゃんを帰すまでの心模様を勝手にのぞきこんだ文章。孟徳と同様ラブレターです



孔明にとってその人は、どういう星だったのだろう。

軍師は星を読むと言う。

星の巡りでおおよその運命が知れると言う。

星回りで身の振り方を考え、玄徳から逃げ回っていた孔明は、果たしてどこまで運命を読んでいたのか。

自身の、そして彼女の。


師匠、弟子、初恋の人、頼りない女の子。

孔明から見る花は沢山の面を持っていて、いずれも一部であり、彼女という存在を形作るのにどれ一つとして欠かせない。

師匠として、幼い自分を守り導いた姿は仙女のよう。

弟子として、道に迷い己の力不足を嘆く姿はかつての己のよう。

初恋の人として、無防備で男に警戒心のない姿は子羊のよう。

頼りない女の子として、突然見慣れない山中に放り出されて途方に暮れる姿は迷子のよう。

孔明のよく知る姿、見知らぬ姿。

十年の時を経て出会った彼女は、「あの人」であり「あの人」ではなかった。

孔明は一度、花という突拍子もない存在に、人生をひっくり返されている。

ひっくり返された人生は、そのまま孔明の道を定め、孔明を支える思想、知恵、才能の土台そのものになった。

歩く道全てが、書を持ち戦をなくそうを尽力していた「あの人」に繋がっている。

道士様と敬われていた彼女から、沢山のものを得た孔明は、きっと彼女のようになろうと歩き続けただろう。

そして再会の日をいじらしくも夢見て、研鑽をつんでいたことだろう。

その日、出会った迷子のような「あの人」に、孔明はもう一度人生をひっくり返された。

そして、彼女の人生もまたひっくり返りかけているという事実を知った。

記憶の中で凛々しく立っていた彼女は、まるで別人のように心細そうな顔で、帰りたいとこぼした。この世界をさして「夢」だとも言った。

仙女ではない。道士などでもない。

彼女は、ここではないどこかに根を張った、いずれ去っていく客人。

今は面影もないけれど、それでも孔明はかつて彼女から道を授けられた。

ならば、次は自分が、道を教える運命なのだろう。

星を読んでいた孔明なら、ある程度は知っていたかもしれない。いや、星が語っていなくても、きっと信じていたに違いない。

いつか出会った彼女に、いつかもう一度出会えると。

願いはかなった。

一つの残酷な事実を引き連れて。

いつか出会った人は、いつか去っていく人。


軍師は、状況を読み、策を弄し、いくつかの条件を重ね合わせて、最も高い可能性を選ぶ。奇跡や偶然なんてものには頼らないしあてにしない。

孔明は、不思議な力を信じているけれど信じていない。

本が光り、人が消えたり現れたりする、その怪異を目の当たりにしているゆえ、否定することはできないが、その力によって太平の世がもたらされるとは思っていない。

人が集い、人によってつくられる国は、人の手が為す政で保たれる。

師事を受ける前の幼い孔明が、彼女に惹かれたのは、本によるお告げなどではなく、彼女の志だ。

だから、孔明は信じていた。

本の力ではなく、彼女の方を。

仙女じゃなくても道士じゃなくても、宿る魂は同じ。

示した道を、よろめきながらも確かに歩んでいけば、きっといつかの彼女の眼差しになる。

あの日、光とともに消えてしまってから十年。彼女の背を追って、孔明は学び、悩み、考え、知識と知恵を蓄えた。己のふがいなさや、迷ったこともある。

己の無力を嘆く娘と、かつての自分はよく重なった。

十年前、彼女には幼い自分がこんな風に見えていたのかと思う。切ないようなくすぐったい気持ちは夜風に紛れ込ませた。


――今まで何ができた?何ができなかった?何がしたかった?


まだ分かち合えない過去を、ひとつひとつ紐解いて。

「亮君」と出会ってもいない「弟子」に、遠い昔もらった言葉を、もっともらしく授ける。

糧となったそれらは、全て孔明の持ち物でありながら、もともとは彼女のもの。

各地の英傑に名を知られるまでになった「伏龍」をつくったのは、花と名乗った「師匠」にほかならない。


――……これから何ができる?


過去を振り返れば思慕が吹き抜け、未来を語れば感傷が襲う。

これから。

これからきっと彼女は誠実に悩み、見識を広め、素質を開花させていく。

これからきっと彼女は「亮君」の師匠として、雄々しく黄巾を率いる。

これからきっと彼女は、孔明の弟子として恥ずかしくない度胸をつけていく。

これからきっと彼女は、帰るべき道をみつけて、


孔明は、理解していた。

星を読まなくても、もうわかっていた。

そうするべきだと、過去と未来と現在に誓っていた。

自分は、これからの彼女のための、通過点だと。

あの子の道の先は、ずっとずっと果てにあり、輝かしい可能性に繋がっている。

通り過ぎるだけだ。迷わないように、手を貸すだけだ。

天上の星へ手を伸ばしても、つかめるなんて夢にも思わない。

星の光は、近く見えても途方もなく遠い。

いつか出会った人は、いつかまた見送る人。


努めていれば、なんでもそれなりに身につくものだ。

十年の間に、長じたことは沢山ある。

兵法や学問はもちろん、ツラの皮もずいぶん厚くなった。

軍師たるもの、腹芸のひとつやふたつ、身に着けておかねばならない。

孔明はその分野にずいぶんと長けていて、へらへらとした表情の下に、本音や感情をいくらでも包んで隠してしまえた。

誰と対峙しても、その精度は変わらない。

君主を前にしても、帝の御前でも、――初恋の相手でも。

むしろ彼女に対しては、決して剥がすまいとツラの皮は余計分厚くなる。

額への口づけは、せめてもの餞別だ。

これ以上、この子を何か奪ったりしないから見逃してもらおう、と誰かわからない相手に許しを請う。

冗談めかしてしでかしてしまえば、全部冗談になる。

本音をさらすヘマはしない。顔色一つも変えたりしない。

軍師見習のくせに、ツラの皮がぺらぺらに薄い弟子の真っ赤な顔を、不思議そうに見おろすくらいお手の物。

最初から、花は孔明に振り回されている。

ひょうひょうとして、いつも不真面目で、何を考えてるかわからない人。

弟子はそんな風に思っている。それでいい。

もういない誰かを思い続けている、ばかみたいな男。

きっとそんな風にも思っている。

それでいい。そう思っていてくれ。

間違っても、進むべき道を翻して、こっちを向いたりしないで。

手に入るかもしれない、なんて一欠けらも思わせないで。

一度つかまえたものを、手離すのは難しい。

だから決して、不用意に、男の意志で触れたりしてはいけない。目を合わせて、殺しきれない熱をのぞかせてもいけない。

触っていいのは「師匠」として。甘えていいのは「かつての弟子」として。

沢山のことを学んで、沢山の糧を得て、どうかそのまま星に帰って。

残った光だけを頼りに、この先も生きていける。


「君にとってボクはいい師匠だった?」


数えきれないほど授けてもらったものを、ちゃんと君に返せただろうか。


「ボクにとって君はいい師匠だったよ」


君が教えてくれたことを、君以上に教えてくれた人なんかいなかった。きっとこの先もいない。


「ねえ花。この国は好き?」


君にとってこの世界が、道の途中に立ち寄っただけにすぎなくても、君にとってこの世界が、目覚めれば消える夢の一つだとしても、君にとって得難く愛しい時間であったことを願うよ。

きれいごとばかりでは生きて行けず、やるせない選択に引き裂かれた夜も、その空には星が輝いていたことを願うよ。

仙女、道士、師匠、弟子、初恋の君、花。

全ての君が君で、全ての君がボクの全てだ。

全ての君が憂いなく、祝福に満ちた、幸せな世界で生きてほしい。

亮と孔明の歩く道に、舞い降りてきてくれてありがとう。


いつか出会った人は、もう二度と会えない人。


さあ、お迎えの光だ。

Broken radio

三国恋戦記への中身のない語りをたれ流す壊れたラジオ。期間限定。

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