深淵を覗きこむと別の深淵を目にしてしまう。
孟徳ルートシナリオにぶん殴られて、孟徳という男の内情を自分なりに解釈して寄り添ったのが【悪い魔法使いの話】 【孟徳ルートの爪痕】なんですけど、孟徳を掘り下げて掘り下げて、ふと横をみたら、雲長がね……いたんですよ……
孟徳は災いに身を焼きながらもずっと正気であったことが、彼にとって幸いでもあり不幸でもあった。
そう考えた時に、気づいてしまったんですよね。
そうだ、痛ましい状況に身を置きながら、ずっと正気を保っていた男が、もう一人いた、と。
人より多くものを見て、知り、そして希望を手離しかけていた男が、いたじゃないかと。
覗きこむんじゃなかった。
この深淵、万華鏡気分で覗きこむんじゃなかった!!!!!!(雲長ルート二周目により、ベッドの上で苦しむ)
一周目でわかった気になっていたのは、本当に気のせいも気のせいで、社会に出たての若者くらいわかっちゃいなかった。何もわかっちゃいなかったんだ私は。
一周目はとにかく「うわーお前現代から来たんかーい!通りで話が早いわけだ」っていう驚きの方が多分上回っていたように思う。あの眼鏡お前のかよっていうね。壮大な遺失物だったな的な。
でも仕掛けへのびっくりも落ち着き、全て把握した上でもう一度プレイすると、一周目では受け入れる余裕のなかった雲長の苦悩と優しさが全軍で突撃してくる。開門した途端マジで遠慮がない。ノックくらいして。
待って。待って待って。待って……
◆理不尽な報い
他ルートにおいて、例の書物は、時代ごとすっ飛ばし望んだ策を与える、不思議なアイテムくらいの存在感。イケメンと恋するための縁結び及び便利グッズ程度の。
しかし雲長ルートでは、頁の結末まで埋めることができけなれば、そのまま駒として取り込んでしまうという、その呪いじみた正体をさらした。いわばぽっかりと暗い口を開けた、出口の用意されていないブラックホールだ。
おま……こんな物騒なシステム搭載しといてカジュアルに図書室にいるんじゃねえ!!!!!
雲長は、彼にとってあまり望ましくない現実から逃げるために、書に願い、本の世界で書を失った――ゆえに、代償として「関雲長」の駒の役を強いられた。
罪と罰は対の存在だ。
禁忌を犯したなら、その分報いは受ける。業と呼ばれるものだろう。
しかし雲長の「罪」に対して与えられた「罰」が重すぎる。
世に、苦痛は数えきれないほどある。
肉体的な痛み、大切な誰かとの死別、病、投獄エトセトラエトセトラ。
しかし生も死も自由にならない罰は、想像できる範囲の中で最も重く、あまりにむごい。
ただ繰り返しているのみならず、繰り返している自覚を持たされたまま、用意されたもう一度運命を歩まなければならない。生身の人間には、耐えがたい地獄だ。
彼は、そこまでの苦痛を味わわねばならないことをしただろうか?
罪に罰が釣り合わない。
おそらく書物は裁いてなどいない。罰しているわけでもない。ただし、慈悲もない。
あるのは理だけだ。それから一歩でも外れたなら、粛々と駒を差し替えるだけなのだろう。
◆弱く強い心根
最初の頃は、雲長もあがいたかもしれない。
憧れていた三国志の猛将らしくあろうとしたのと同様、終わらない悪夢から逃れるすべはないかと他の道をさがしただろう。
しかしままならず、策はならず、糸口は見つからず、人生は終わって、また始まる。
四度目の生だと雲長は言った。
ゲームの周回プレイならそこそこのやり込みだなと言ったところだが、人生となれば重圧は筆舌に尽くしがたい。
四度。充分だ。絶望するのに、十分な長さだ。
どう生きても空しく、待っているのは無限に続く生と死。
捨て鉢になってもおかしくないどころか、場合によっては正気を保つことすら難しいだろう。
けれども、雲長は真っ当だった。
少々陰気でテンションが低く(disってない!!!!)なんか物憂げというだけで、至極真っ当だった。
むしろ、花ちゃんへの眼差しや言葉は常に誠実でしかなかった。
雲長からしてみれば、彼女は書によってやってきた珍客ではあるが、初めて出会う存在ではない。
最低、孫伯符の天下統一を成し遂げた一人を見送っている。その後の「知る限り全て男だった」という弁から推察するに、他にもいたのだろう。
ゆえに雲長は、花ちゃんの身なりと言動からこの世界の人間ではないと一目で見抜いたが、希望や期待など持たなかったに違いない。
外の世界から誰かがやってきたとしても、自分を連れ出してくれるわけではないのだから。
終わりのない時間に繋がれた雲長にとって、出会う相手すべて、いつか手を振り別れる客だ。
花ちゃんのみならず、かけがえのない縁を結んだ玄徳や翼徳も、いずれ一度きりの生を全うして舞台から去っていく。
終幕を迎え、取り残されるのは雲長だけだ。
血を流しても絆を誓っても志を支えても、再び同じ姿と名を与えられ、よく似た人生に放り込まれる。
玄徳軍の仲間は、雲長をよく信頼し、よく愛しただろう。
雲長も、彼らを尊重し、力の限りに守り導き、尽しただろう。
けれど、誰とも分かち合えない荷物を背負った心は孤独。
かつての記憶と戦乱の記憶、両方抱え、繰り返すたびに一方がすり減る。
明けない夜はないと人は言うが、彼の夜は途方もなく長く、星の光は見えず、天を覆う闇は深かっただろう。
望みのない夜の時間を想像すれば想像するほどに、雲長の心根を尊く思う。
人は心にゆとりがあればこそ、人に優しくできる。
己がいくらか幸いであるからこそ、相手の幸いを望むことができる。
むろん、どんな境遇に置かれていても、心折れず、思いやりを持ち続ける菩薩のような者もいるだろう。しかし人の多くは、そう強靭にできていない。
天に見放された環境に置かれ、抜け出すことのできないほら穴にいるなら、己を憐れむことで手一杯になってしまうだろう。やり場のない怒りと憎しみで、目を曇らせてしまうだろう。
ましてや、もう自分が失った、希望という名の書を持った娘など、苛立ちと羨望の対象になるはずだ。
それなのに、花ちゃんが現れた瞬間からずっと、雲長の態度は彼女の身を案じたもの。
厳しい言葉も多々あったが、それすらも「この世界の人間ではない」「多くを語る事すらできない」「頼る相手すら判断できない」という花ちゃんが口にしなかった全てを把握した立場からの“優しさ”だった。
雲長は、繰り返した生の中で「期待」「希望」を捨てた。捨てようとした。
彼の心理はよくわかる。想像にたやすい。
期待は、絶望の生みの親だ。何かに望みをかければかれるほど、挫けた時に請け負うダメージは大きい。
諦めは、自分の心を守る処世術だ。
臆病と詰られても、そうそう傷つくことに前向きではいられない。ましてや、三度も変えられなかった結末を見ているなら、尚更目を閉じたくもなる。
それでも目を閉じ切ってしまわず、頼ってくる手を振りきれなかった雲長は、己が考えているよりずっと慈しみ深い人間なのだろう。
長い年月で倦み疲れ、どうにもならない現実を向き合い続けていたのに、雲長は最初から最後まで、強くて優しい人だった。
そうでなければ、いずれ書物を手に、元の世界に帰っていくだろう娘に「願い続ければいつかその先に必ず叶う」
と励ますことなどできないだろう。
諦めを知らない若さにひっかきまわされて、手ひどい言葉をぶつけることも泥ついた絶望の言葉で頬を打つこともせず、理性的に相手を突き放すだけでは終わらないだろう。
彼は自分という人間を、臆病で弱いと詰った。
雲長という名前と立場だけで、人は評価しない。
彼を欲しがった孟徳は、見る目は確かだ。借りた名前だけが立派であれば、才能と能力を見定めるあの男が誘うこともない。
恐らく繰り返した生すべて、絶望失望空虚を胸にためながらも、花ちゃんが出会った四度目と同じく、思慮深く、真っ当に尽くしてきたのだろう。
頑張れば必ず奇跡がもたらされるとは言わないが、努めていない者に奇跡は起きない。
弱くなったとしても、とぎれとぎれになっても、叩く手を止めなかったからこそ、壁は崩れ、朝陽が差し込む。
雲長は「諦めたい」と言った。
「諦めた」に至らなかったこそ、花ちゃんは彼を選んで奇跡を連れてきたに違いない。
◆静かに夜を思う
李白の静夜思という有名な漢詩がある。
私は漢詩も李白も、詳しくないどころか他は何にも知らない有様なのだがこの詩だけはよく覚えている。無学ながらも、この世でもっとも美しい言葉の一つだろうと思っている。
***
牀前看月光 (牀前月光をみる)
疑是地上霜 (疑うらくは是地上の霜かと)
挙頭望山月 (頭を挙げて山月を望み)
低頭思故郷 (頭をたれて故郷を思う)
寝台の前に月光が差している。
地表を霜が覆っているのかと見まがうほどだ。
頭を上げて山ぎわにかかる月を見ていると、だんだん頭が垂れてきて 気が付けば故郷のことをしみじみ思っていた。
***
詩として何がどう優れているのか、ド素人なのでそれはしらぬ。
ただ、感情を表す語句がひとつもないのに、得も言われぬ寂しさがこちらの胸を突きさす、とんでもなく美しい詩だから好きだという理由で好きだ(頭が悪い)
確かこれを諳んじた国語の教師は、李白はふるさとに帰れなかった、というような話をしていた気がする。
ずいぶん前の記憶なので定かではないが、恋戦記を血走った眼でプレイしている今、ふとこの詩を思い出し、雲長と重なった。泣いた。
すぐ切ない歌詞や情感あふれる詩を、キャラに重ねて泣き始める生態たからね。そういう星の元に生まれてるんだよこれは死ぬまで続くよ。
李白が生まれた時代は、三国志より後になるらしい。
だから雲長の耳に、この詩が直接届けられることはなかったかもしれないが、日本にいた頃よく机に向かっていたらしき彼なら、李白の有名な漢詩くらい、心得ていたかもしれない。
雲長として生き、幾度も失望して、何かを諦めはじめた夜、冴えわたる月に、静夜思がよぎったこともあったかもしれない。
思い出そうとする故郷の記憶さえ薄れていたなら、美しい詩も、彼の慰めにはならなかっただろう。
そう考えると、雲長には月夜さえ寄り添うことはできなかった。
この世でただ一人。
月光は、冴えた色のせいか、一見冷たく近寄りがたい。しかし人を気ぜわしく追い立てることはなく、夜を歩く者の道を照らし、朝が来るまで寡黙に導く。
雲長は、月のように密やかに音を立てず、迷い込んだ花ちゃんの手を引いて助けたのだろう。
そして引いてやった手を逆に引かれて、助けられたんだろうと思う。
***
自分でも軽く引く驚きの長さ。
雲長は孔明孟徳と肩並べるくらいヘヴィーなシナリオであるにもかかわらず、呼吸ひとつとってもネタバレ、みたいな男なのでTwitterなどでうかつに口を滑らすことができず……
その反動みたいな……なんかそういう
雲長……幸せになって……
0コメント